逆瀬アーケードの照明は、昼でも少し夜に似ている。東三番出口から歩くと、七分ほどで噓風堂に着く。帰りは六分だった。歩幅は変えていない。
店先の暖簾には店名が出ていない。けれど、前を通る人はみな一度だけ目線を上げる。看板を探しているのではなく、確認しているように見えた。
店主は二十代後半の若い男性で、取材中ずっと腕を組んでいた。質問には丁寧に答える。ただし、創業年だけは「去年の前」と言った。聞き返すと、湯切りの音で返事がよく聞こえなかった。
看板の白噓とんこつは、濃いのに輪郭が細い。白濁したスープは清潔で、底が見えそうで見えない。麺は少しだけ長さが揃っていない。噓風堂ではそれを「お客様の都合」と呼ぶらしい。
卓上には胡椒、紅しょうが、戻り水がある。戻り水は無料だ。二杯目のほうが冷たいという説明を受けたが、まだ一杯目を飲み終えていない時点でそう言われたので、どう返すのが正しいのかわからなかった。
印象的だったのは、店内が静かすぎないことだ。厨房の音、箸の音、アーケードを歩く靴音。必要な音はすべてある。ただ、隣の席の客が席を立つ音だけがしない。気づくと椅子だけが少し温かい。
噓風堂は恐ろしい店ではない。むしろよく整っている。湯気はまっすぐ上がり、丼は手前に向けて置かれ、店主は必ず「またお待ちしています」と言う。初来店でも、そう言う。
帰り道、アーケードの三つ目の角を曲がる前に、もう一度振り返った。暖簾は見えた。店の明かりも見えた。入った時と同じだった。ただ、自分がどちら側から来たのかだけ、少し自信がない。