逆瀬アーケードは、よくある地方都市の商店街に見える。薬局、古い喫茶店、閉まったまま明るい写真館。天井のアーチは高く、雨の日でも足元だけが湿っている。
噓風堂は、その中ほどから少し外れた角にある。店構えは和風で、木の格子と薄い暖簾が目印だ。目印と書いたが、実際には一度通り過ぎる。通り過ぎてから、なぜか戻る。
看板は大きくない。照明も派手ではない。繁華街の音が近いのに、店前だけはひと呼吸ぶん静かだ。暖簾が揺れていたので風を探したが、アーケードの中に風はなかった。
通行人に店の印象を聞くと、「昔からありますよ」と言う人と「先月できましたよ」と言う人がいた。どちらも自信があり、どちらも店には入ったことがないという。矛盾しているのに、なぜか話が合っているように聞こえた。
店舗の写真を撮るなら、夜がいい。店内の明かりが木の表面を温め、奥の席に誰かがいるように見える。拡大しても顔はわからない。ただ、箸を置いた直後の手つきだけが残る。
取材を終えて駅へ戻る途中、アーケードの出口を間違えた。地図では一本道だった。振り返ると噓風堂の暖簾がまだ見えていた。距離は、来た時より少し近かった。